ケアマネ朝比奈 第六話

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朝比奈美鈴「ケアセンターさくらの杜」に勤務する若手ケアマネジャー。
まっすぐな性格で、利用者と家族の想いを受け止めようと日々奮闘している。
仕事への情熱と責任感が強く、時に自分を追い込みすぎてしまう一面も。
人の痛みに寄り添う優しさと、信念を貫く強さを併せ持つ女性。 -
真田光杉並区にある介護ショップに勤める福祉用具専門相談員。
利用者の生活に密着した提案に定評があり、冷静かつ現実的な視点を持つ。
表情は穏やかだが、仕事における判断は的確で妥協を許さない。 -
美田明菜「ケアセンターさくらの杜」に勤めるケアマネジャーで、朝比奈の同僚。
仕事では明るく快活、周囲からの信頼も厚い。
しかし内面には、朝比奈への複雑な感情と、恋愛をめぐる微妙な距離感を抱えている。
仕事も恋も妥協しない、芯の強い女性。 -
古賀忠司デイケア施設「アイリス」に勤める担当職員。
明るく気さくな性格で、利用者との距離が近く、場の雰囲気を和ませるムードメーカー。
仕事に対しては意外と真面目で、責任感の強さも見せる。
第四話

朝から強い日差しがガラス窓を透過し、地域包括支援センターの事務所を明るく照らしていた。
蝉の声が建物の中まで響き渡り、夏の盛りを告げている。朝比奈美鈴は、手に持った書類を見つめながら、ふっと息を吐いた。
「今日も暑くなりそうね......」

彼女の独り言に、後ろから声が返ってきた。
「おはようございます、朝比奈さん」
振り返ると、ユニフォームであるブルーの作業着に身を包んだ真田光が立っていた。
きちんと整えられた髪、無駄のない動作。
その静かな雰囲気の中に、どこか不器用な誠実さが垣間見える。

「あっ、真田さん。来てくださったんですね、嬉しいです」
「朝比奈さんに誘われたら、断れませんよ」
目をそらしながらも、口元には柔らかな笑みが浮かぶ。美鈴はほんの少し、胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。
その時、明るい声が事務所に響いた。

「朝比奈さん、今日はよろしくお願いします!」
古賀忠司が登場した。淡いブルーのポロシャツを着こなしていた。
古賀のカッコよさに、真田は嫉妬心を覚えた。
「あ、古賀さん!今日、来てくれてありがとうございます!」

「お、真田さんも来てるの」
軽口を叩く古賀に、真田は小さく眉間にしわをよせた。

研修室で講師が研修内容を説明し始めた。
「それでは、これから視覚障害の疑似体験に入ります。アイマスクを装着して、研修室内を一周してもらいます。一人が視覚障害者役、もう一人が介助者役になります。安全に留意しながら、相手にしっかりと情報を伝えてください」
ざわざわと会場が動き出す中、美鈴が手を挙げた。

「私、最初にアイマスクをつけます」
「じゃ、俺がエスコートするよ」――すぐさま古賀が立ち上がった。
「え?でも......」
美鈴が戸惑う間もなく、古賀は彼女の手を自然に取っていた。
「大丈夫、信じて。俺、こういうの得意だから」

真田は、その光景を見て、また眉間に皺を寄せた。
(......なに勝手に触ってんだよ)
美鈴は目隠しをされたまま、古賀のリードで一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。
「今、段差あるからね、少し右寄って。......そうそう、ナイスステップ!」
「ありがとう......でも、ちょっと怖いかも」

「怖かったら、俺がちゃんと支えるからさ。......ほら、危ない!」
美鈴が地面につまずきガクンと身体が傾いた瞬間、古賀は彼女の腰をしっかりと抱きしめた。彼女の身体が彼に預けられ、ほんの数秒、時が止まる。
「......ありがとう、古賀さん」
「うん。大事な人だから、転ばせたくないしね」
真田は、その会話を聞きながら拳を握った。
(くそ......、あの野郎、なんてうらやましい)
真田の隣では、美田明菜がすでにアイマスクをつけて準備万端だった。
「じゃあ、お願いします、真田さん」

「......ああ、行きましょう」
「こ、怖い......真田さん、腕、貸してください......」
美田は、遠慮なく彼の腕にしがみついた。
(え......近い......)
だが、そのやりとりを、アイマスクを外したばかりの美鈴は、見逃さなかった。

(......なんか、面白くない。真田さんを誘ったのは、私なのに)
そんな思いを抱えたまま、役割を交代することに。次にアイマスクをするのは、真田。
そして、そのエスコート役に指名されたのは――
「......朝比奈さん、お願いできますか?」

「えっ、私?」
「はい。ぜひ、体験してみてください」
美鈴はうなずき、真田の手を取った。
「じゃ......行きますよ、ゆっくりで大丈夫です」
真田は、視界を奪われながらも、美鈴の手の感触に全神経を集中させた。
(あれ......こんなに、小さい手だったんだ)
「左に段差があります......あっ、違った、右でした!」

「わっ!」
つまずきかける真田を、美鈴は反射的に抱きとめた。肩から背にかけてしっかりと腕を回す。真田の鼻先に、美鈴の髪の香りがふわっと届いた。
(なんていい香り......)
その一瞬に、二人の距離がぐっと近づいた。
「す、すみませんっ、私のミスで......!」
「......ううん、ありがとう。朝比奈さんに支えられて、安心しました」
美鈴は少し頬を染めた。

研修が終わり、施設の外に出ると、空はオレンジ色に染まっていた。セミの声が、少しだけ静かになっている。
「今日は、本当にありがとうございました」
美鈴が真田に言うと、彼はゆっくりと頷いた。
「こちらこそ......いつでも、力になります。朝比奈さんのためなら」
その言葉に、美鈴はふっと笑みを浮かべた。

「......じゃあ、また頼っちゃうかもしれませんね」
「......ぜひ」
二人の間に、柔らかな沈黙が流れる。
夕陽が、長く地面に影を落とす中――
視線が重なり、言葉にならない想いがそこにあった。









