ケアマネ朝比奈 第五話

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朝比奈美鈴「ケアセンターさくらの杜」に勤務する若手ケアマネジャー。
まっすぐな性格で、利用者と家族の想いを受け止めようと日々奮闘している。
仕事への情熱と責任感が強く、時に自分を追い込みすぎてしまう一面も。
人の痛みに寄り添う優しさと、信念を貫く強さを併せ持つ女性。 -
真田光杉並区にある介護ショップに勤める福祉用具専門相談員。
利用者の生活に密着した提案に定評があり、冷静かつ現実的な視点を持つ。
表情は穏やかだが、仕事における判断は的確で妥協を許さない。 -
美田明菜「ケアセンターさくらの杜」に勤めるケアマネジャーで、朝比奈の同僚。
仕事では明るく快活、周囲からの信頼も厚い。
しかし内面には、朝比奈への複雑な感情と、恋愛をめぐる微妙な距離感を抱えている。
仕事も恋も妥協しない、芯の強い女性。 -
古賀忠司デイケア施設「アイリス」に勤める担当職員。
明るく気さくな性格で、利用者との距離が近く、場の雰囲気を和ませるムードメーカー。
仕事に対しては意外と真面目で、責任感の強さも見せる。
第五話

陽光の差し込むオフィスの片隅。書類の山に囲まれたデスクで、ケアマネジャー・朝比奈美鈴は、そっとため息をついた。パソコン画面には「多職種懇談会 参加予定リスト」と題された表が表示されていた。
「......まだ 10 社か」
机に肘をつき、頬杖をつきながら画面を見つめるその瞳には、わずかな焦りが滲んでいた。
「失礼します」

扉の向こうから現れたのは、福祉用具専門相談員・真田光。ユニフォームの袖をまくり、手に資料を抱えていた。
「こんにちは、朝比奈さん。多職種懇談会の件で少しお話を」
「あ、真田さん......どうぞ、お掛けください」
真田が腰を下ろすと、美鈴は小さく息を整え、申し訳なさそうに目を伏せた。
「実は......まだ 10 社程度しか参加者が集まってないんです。もう少し集まるかと思っていたんですけど......」
「なるほど」

真田は美鈴の顔を真正面から見つめた。
「でしたら、私の方でも声をかけてみます。他職種の知り合いが何人かいますから」
「えっ、本当ですか?」
美鈴の目がぱっと見開かれる。
「ええ。せっかくの機会ですから、広げましょう。朝比奈さんの考え、いいと思いますよ」
真田の穏やかな声に、美鈴は思わず胸が熱くなった。
「......ありがとうございます。とても、心強いです」

そして迎えた懇談会当日。会場となった市民センターの多目的ホールには、思いのほか多くの人が集まっていた。
受付横で、朝比奈は名簿に目を通しながら驚いたように声を漏らす。
「わ、すごい......これで、23 社。参加者 50 名以上......!」
真田が軽く肩をすくめて微笑む。

「頑張った甲斐がありましたね」
「本当に......感激です」
だが、彼女の言葉をさえぎるように、マイクを握る男の声がホールに響いた。
「それでは、時間となりましたので、本日の多職種懇談会を開始します」

壇上に立っていたのは、デイケア「アイリス」の生活相談員・古賀忠司だった。その目線は鋭く、そして堂々としていた。
「あれ......古賀さんが仕切るの?」
美鈴が困惑したように小声でつぶやいた。
真田の顔が一瞬強ばる。
(集めたのは俺だぞ......この野郎)
彼は奥歯を噛み締めながら、目をそらすしかなかった。
そのとき、背後からひらりと甘い香りが漂った。
「楽しんでますか?」
振り返ると、そこには美田明菜。爽やかな白いシャツに、軽やかな笑みを浮かべていた。

「真田さんがいなかったら、こんなに集まらなかったのにね。すごいなぁ」
そう言いながら、自然に片腕に自分の腕を絡ませてきた。
「え......あ、うん、まあ......」

真田は戸惑いながらも笑ってみせたが、朝比奈はその場から離れていった。
(また、あの子......)
胸の奥に、小さなトゲのような嫉妬が芽を出す。

懇談会は盛況のうちに幕を閉じた。参加者たちは名刺を交換しながら帰路につき、会場は次第に静けさを取り戻していく。
「これで全部片付きましたね」
朝比奈が最後のゴミ袋をまとめながら言った。
「はい。お疲れさまでした」
真田はホールの扉を開け、夜風を感じながら言った。

二人並んでホールの外に出る。夏の夜空には、星々が穏やかに瞬いていた。虫の音と遠くの電車の音だけが静けさの中に響いていた。
「......すごく、いい会になりましたね」
美鈴が空を見上げながらぽつりと呟く。

「ありがとう。真田くんのカルタ、マジで最高だったよ!」
「......え、あ......いえ......」
驚いたように目を丸くしながらも、真田はどこか照れくさそうに笑う。

「ええ。朝比奈さんの信念があったから、ここまで来たんだと思います」
「そんな......。真田さんがいなかったら、私はきっと途中であきらめてました」
少し俯きながら、美鈴は続けた。
「だから......ありがとう。心から」

その言葉に、真田は言葉を失った。
目の前で、風に揺れる髪。その瞳には、街の光が映っていた。
「......い、いえ。どうも、いたしまして」
ようやく絞り出した一言は、決して洗練されてはいなかったが、誠実そのものだった。

二人は並んで、夜空を見上げ続けた。
交わした言葉よりも、交わさなかった沈黙が、心を近づけていた。
夏の夜は、静かに深まっていった。








