ケアマネ朝比奈 第七話

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朝比奈美鈴「ケアセンターさくらの杜」に勤務する若手ケアマネジャー。
まっすぐな性格で、利用者と家族の想いを受け止めようと日々奮闘している。
仕事への情熱と責任感が強く、時に自分を追い込みすぎてしまう一面も。
人の痛みに寄り添う優しさと、信念を貫く強さを併せ持つ女性。 -
真田光杉並区にある介護ショップに勤める福祉用具専門相談員。
利用者の生活に密着した提案に定評があり、冷静かつ現実的な視点を持つ。
表情は穏やかだが、仕事における判断は的確で妥協を許さない。 -
第四話

朝比奈美鈴はデスクの上に置かれたファイルを見つめていた。古びた照明の下、ケアマネ事務所にはもう誰もいない。
時計の針は午後8 時 10 分を指していた。
目の前の要介護者情報シートには、「末期がん」「介護保険新規申請中」の文字。
通常ならば制度の手続きを待たねばならないが、この人には“時間”がなかった。
彼女は唇を噛み、スマートフォンを手に取った。
(こんな時間に......でも、他に方法がない)
発信先は、福祉用具専門相談員の真田光。職業柄、無理をお願いすることもあったが、
今日は一線を越えている。

コール音が 3 回鳴ったところで、受話口の向こうから男性の声がした。
「はい、真田です。」
「......真田さん、朝比奈です。こんな時間にごめんなさい。本当に、ごめんなさい。」
「どうしました?」
「お願いがあるんです。今から......今夜中に、介護ベッドを一台届
けてもらえませんか?どうしても必要なんです。」
沈黙。ほんの数秒だったが、朝比奈の心には永遠のように感じられた。

「わかりました。お任せください。」
「え......?」
「今、家に帰る途中だったんですが、すぐに会社に戻ります。準備しますから、場所を教えてください。」
朝比奈の目に涙が滲んだ。
「ありがとうございます......本当に......」
「朝比奈さんがそうやって一生懸命な人だって、私は知ってますから。」

真田は夜道を引き返した。
会社に着くと、薄暗いライトの下で、ベッドを手際よくバンに積み込んだ。
「まさかこんな時間からベッドをお届けすることになるとはな......でも、困っている方がいるなら、そんなこと言ってられない。」

目的地に着いた時、既に玄関先には朝比奈が待っていた。夏の盛りを過ぎ、いくらか涼しくなった夜風が彼女の髪を揺らし、スカートの裾がかすかに震えていた。
「本当に......本当にありがとうございます......!」
「お安い御用ですよ。」
真田は微笑むと、黙々とベッドを運び始めた。
段差のある玄関を越え、狭い廊下を抜け、6 畳の和室へ。

ベッドの部品は重く、無骨だ。
けれど、その一つ一つが、快適な生活を実現するための道具。
彼は冷静に組み立て作業を行っていたが、心には熱が灯っていた。
ベッドのフレームを組み立て、マットレスを敷き、サイドレールを取り付ける。
朝比奈はその背中をじっと見ていた。額に滲む汗、重さに耐えながらも乱れない手つき。
まるで長年連れ添った職人のようだった。
「......すごいですね。重たいのに、早い。」
「慣れてますから。でも、ジッと見られてると少しだけ緊張しますね。」
「......え? あ、ご、ごめんなさい......」
「冗談です。」
ふっと、朝比奈が笑った。

やがて、ベッドの設置が終わり、早速ご利用者様にベッドに横になっていただき、家族に操作方法を伝えた。
高さの調節、リモコンの使い方、万が一のときの対応......朝比奈が口を添え、真田が実演して見せた。
「すごいベッドですね......」と家族が言う。
「ええ、安心して休んでもらえると思います。」と朝比奈。

翌日も、真田は朝比奈と同行し入浴補助具を届けに再訪した。朝日が差し込む廊下、
しかし家の中にはただならぬ気配があった。
「ちょっと!誰か、救急車を呼んで!」
「おじいちゃんが、息を......!」
慌てる家族。真田はすぐにスマホを取り出し、119 に通報した。
朝比奈は急いでご利用者のもとに駆け寄ってバイタルを確認している。
「呼吸が乱れてます。脈も弱く、意識が朦朧としています。」
真田は救急車を見送りながら、そっと肩に手を置いた。
「朝比奈さん、大変でしたね。」
「でも......昨日のベッド、たった一日しか使えなかった......シャワーチェアもキャンセルになってしまって......申し訳ないです......、わざわざ運んでいただいたのに」

「そんなこと、気にしないでください。」
「でも......会社としても......困りますよね」
「ビジネスだけじゃないんです。私たちが届けてるのは、ご利用者様が自宅で過ごす時間の“安心”です。」
その言葉に、朝比奈の胸が詰まった。
その日の夕方、二人は並んで歩いていた。肩がふと触れ合う。沈む夕日が街を赤く染めていた。
「......ねえ、真田さん。」
「はい?」
「人生の終末期に関わる仕事って......やっぱり、責任を重く感じませんか。私は怖くなるとき、あるんです。」
「でも、それは“生きる”ことに真っ直ぐ向き合うってことですよ。」
「......生きる、か。」
「人生の終末期を支えるって、神様にしかできないようなことだと思いませんか?
朝比奈さんには、その力があると思いますよ。」
朝比奈はしばらく無言で歩き、やがてつぶやいた。
「そんなふうに言ってもらえると......ちょっと、救われます。」
「じゃあ、これからも一緒にやっていきましょう。私でよければ、全力で支えますから。」
朝比奈は、そっと頷いた。
肩を寄せ合いながら、二人は夕暮れの道を歩き続けた。
涼しい風が吹く中、心は不思議とあたたかかった。










