ケアマネ朝比奈 第八話

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朝比奈美鈴「ケアセンターさくらの杜」に勤務する若手ケアマネジャー。
まっすぐな性格で、利用者と家族の想いを受け止めようと日々奮闘している。
仕事への情熱と責任感が強く、時に自分を追い込みすぎてしまう一面も。
人の痛みに寄り添う優しさと、信念を貫く強さを併せ持つ女性。 -
真田光杉並区にある介護ショップに勤める福祉用具専門相談員。
利用者の生活に密着した提案に定評があり、冷静かつ現実的な視点を持つ。
表情は穏やかだが、仕事における判断は的確で妥協を許さない。 -
第八話

午後の光が、窓のブラインドの隙間から、細い筋となって朝比奈美鈴の机の上に差し込んでいた。
街路樹の揺れる影が、書類の上で静かに踊っている。けれどその美しい景色に、美鈴の心は少しも癒されなかった。

彼女には、真田から、「先日の対応で、何か不備がありましたでしょうか?」と丁寧なメールが届いていた。
「……また、そんなことないのに」
美鈴はそっとスマホを伏せ、眉間に皺を寄せた。ここ最近、福祉用具の依頼を彼に回すのを、どこかで意図的に避けていた。
自分でも理由は分かっていた――いや、本当は分かっている。

介護事業者連絡会の頃から同僚の美田が真田へ好意を露わにするようになって、多職種懇談会でも包括での研修会でも、積極的にアプローチする姿を度々目にしており、その時の様子がなぜか脳裏にこびりついて離れなかったのだ。

そして今日、真田は事務所に姿を現した。
「こんにちは。朝比奈さん、今ちょっといいですか?」
真田はいつも通りの、柔らかな笑顔だった。
けれど、美鈴は冷たく首を横に振った。
「今は忙しいので。後にしてもらえますか」
一瞬、真田の笑みがこわばる。が、すぐに取り繕った。
「えっと……あのー、私、何かしましたか?」
その問いに、美鈴は一瞬だけ目をそらし、唇をきゅっと結んだ。
「何も」
ぴしゃりとした声が、空気を裂いた。

そのとき、背後から元気な声が響いた。
「いらっしゃーい、真田さん!」
美田明菜が、カツカツとヒールの音を鳴らしながら入ってきた。いつも通り、明るく、屈託がない。
「ちょうどよかった!福祉用具の相談があったの。こっちのテーブルに」

真田は困ったように美鈴を一瞥したが、すぐに頷いた。
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
ふたりは並んでテーブルに移動し、カタログを開きながら会話を始めた。
美田が時折、真田の腕を軽く指でつついたり、笑い声を立てたりするたびに、美鈴の胸はひどくざわついた。

"……私、何やってるんだろう"
カレンダーを見つめるふりをしながら、美鈴はそっと拳を握った。
翌日、朝比奈のスマートフォンが震えた。緊急の着信だった。
懇意にしているメディカルソーシャルワーカーから、急に退院が決まった利用者がおり、今日中にベッドとポータブルトイレを手配して欲しいとの連絡だった。

急すぎる。でもやるしかない。
「誰に頼めば……」
数秒だけ、悩んだ。その名が、喉まで来ていた。
"真田さんしかいない……"
嫉妬心が邪魔をする。でも、そんな感情で利用者を困らせるわけにはいかない。
美鈴は、意を決して彼の番号をタップした。
コール音が一度、二度。
真田は、驚き慌てながらも、美鈴からの電話に出た。
「はい、真田です」
「あの……真田さん、お願いがあるんです。今日、すぐに……ベッドとポータブルトイレを納品してもらえませんか?」
ほんの少し、声が震えていた。
「もちろん大丈夫です。すぐに手配します。……遠慮せずに、どうか私を頼ってください」
その言葉に、美鈴の胸が温かくなった。

利用者宅へ向かうと、先に到着していた彼が、家の中へ黙々とベッドの部材を運んでいた。
設置場所を確認し、様々な部材を手際よく組み合わせ、配線を繋いでいる。額に汗を滲ませながら、慎重かつスピーディーに作業を進めている。
「……早いですね」
思わず口に出すと、真田が振り返り、額の汗を拭いながら微笑んだ。
「慣れてますから。それに緊急時は、ご利用者様もご家族様も、少しでも早い方が助かると思いますから」
美鈴はその姿を見つめながら、胸の奥で何かが溢れるのを感じていた。
私は、こんなにも優しい人を、避けて、冷たくして。
自分の器量の小ささが、恥ずかしかった。

作業が終わり、夕暮れ時の空がオレンジに染まっていく中、二人は並んで帰路についた。
蝉の声がどこかで響いている。歩道に伸びた二人の影が、重なっていた。
「……昨日までのこと、謝りたくて。なんか冷たい態度をとって」
美鈴がぽつりと口を開いた。

しばしの沈黙のあと、真田はふっと笑った。
「気にしないでください。朝比奈さんが困ったときに、私を頼ってくれたら……
それだけで満足ですから。」
その一言に、美鈴は顔を上げた。
二人の肩と肩は、もう触れそうな距離だった。
次の一歩で、触れる気がした。
真田は幸せだった。











