ケアマネジャー 朝比奈 美鈴
2026.07.21

ケアマネ朝比奈 第十一話

人物紹介
  • 朝比奈美鈴
    「ケアセンターさくらの杜」に勤務する若手ケアマネジャー。
    まっすぐな性格で、利用者と家族の想いを受け止めようと日々奮闘している。
    仕事への情熱と責任感が強く、時に自分を追い込みすぎてしまう一面も。
    人の痛みに寄り添う優しさと、信念を貫く強さを併せ持つ女性。
  • 真田光
    杉並区にある介護ショップに勤める福祉用具専門相談員。
    利用者の生活に密着した提案に定評があり、冷静かつ現実的な視点を持つ。
    表情は穏やかだが、仕事における判断は的確で妥協を許さない。
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第十一話

「はい、朝比奈です──ええ、はい……帰宅される? 今日ですか……?」
受話器の向こう (いつもお世話になっている地域包括支援センターの管理者)の声は重たかった。
末期がんで入院中の利用者が、最期を自宅で迎えたいと希望したこと。

病院としても既にターミナルケアの段階で医療的に施せる処置はなく、その望みを可能な限り叶えたほうが良いと判断を下し、土曜日にもかかわらず退院が決まったという。

 

その声に、朝比奈美鈴は深く頷いた。電話を切ると、すでに利用者の基本情報が、LINE で届いていた。
「急ぎで、介護ベッドが必要だわ……」
美鈴は、迷わずスマートフォンの履歴から、真田光の番号を選び、電話を掛けた。

「──朝比奈さん? どうしたんですか、今日はお休みのはずじゃなかったですか?」
「真田さん……急でごめんなさい。でもお願いします。今日中に介護ベッドが必要なんです。
末期がんのご利用者様が、急に自宅に帰られることになって」
「……わかりました。どちらにお住まいの方ですか?」
「ご自宅は東中野で一軒家です。詳細は──あとでショートメールを送ります」

「了解です。すぐに準備します。我々は 365 日対応してますので、任せてください」
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……!」
通話を終えると、美鈴はすぐにコートを羽織り、自宅を飛び出した。

真田は駅前のショッピングモールで、朝比奈へのクリスマスプレゼントを探しているところだった。


間近にクリスマスを控えた週末であり、周囲の人々は華やかな笑顔で賑わっている。

買い物袋を両手に抱えたカップル、クリスマスソングを口ずさむ子どもたち、モールのエントランス中央には、きらびやかで巨大なクリスマスツリーが飾られている。
(自分も休みだったけど……でも、朝比奈さんに頼られたんだ。断る理由が無い)

真田は、店先でふと目に留まったストールを手に取った。

ミルクのような淡い黄色が混ざったオフホワイト。

柔らかくて温かそうで、どこか彼女の雰囲気に似ていた。
「これ、ください!」
慌ただしく会計を済ませると、真田は全力で事務所へと戻った。

玄関先の冷たい空気が、肌を刺すようだった。

車の荷台から介護ベッドのパーツを運ぶ真田の額には、冬とは思えぬ汗がにじんでいた。

美鈴も手伝おうと駆け寄る。

「私も運びます!」
「いや、朝比奈さんはご利用者様のご家族と契約とか、諸々のお話されてください。私は慣れてますから!」
「……わかりました。でも無理しないでくださいね」
真田は黙って頷き、部品を抱えて玄関をくぐる。狭い廊下を通り、和室に辿り着くと、寸分の無駄もない動きで組み立てに取りかかった。

カチャカチャカチャ……
組み立てにかかる金属音が、冬の静寂を震わせる。

その横で、美鈴は利用者と家族へ介護保険について説明し、サービス導入の手続きを進めながらも、真田の作業を見守っていた。

「……お父さん、ここで眠れるのね」
利用者の娘がそう呟いた。ベッドの設置が完了し、家族と共に利用者を支え、ベッドに移っていただいた。
そして、美鈴は利用者の手をそっと取った。
「ようやく落ち着きましたね。改めてお帰りなさいませ。ご自宅ですよ」

利用者は、ほんの少しだけ目を開けた。そして、うっすらと笑みを浮かべて、かすれた声で囁いた。
「……ありがとう」

介護保険サービスの利用開始に必要な契約等の手続きを済ませて、利用者宅を出たときには夕方になっていた。

辺りはすでに暗くなってきている。
部屋の中での暖かな雰囲気とは異なり、美鈴は悲しげな面持ちで真田につぶやいた。
「病院からは、長くてもあと一ヶ月と宣告されてます。やっと自宅に帰れたのに……」
「かなり病状も進行されているようですし、なかなか厳しいですね」と真田も応じる。
「……私達は無力ですね。医者ではないから……ご利用者を助けることはできない……」

真田は、黙ってカバンからストールを取り出し、それを美鈴の肩にそっとかけた。
「これ、よかったら使ってください」
「……はい」
「朝比奈さんの手配がなかったら、ご利用者様はご自宅でご家族と一緒に過ごす時間が取れなかったかもしれません。

病気を治すことだけが、全てじゃないと思いますよ」

美鈴は唇をかみしめ、涙を浮かべながら、真田を見上げた。
「真田さん……ありがとう……」
その瞬間、夜空の雲が割れて、満天の星が顔を出した。

無数の光が空にちりばめられ、まるで何かを祝福しているかのようだった。

「少し早いですけど、メリークリスマス、朝比奈さん」
美鈴は頷いた。頬を伝った涙が、ストールに吸い込まれていった。
冷たい風が吹き抜ける中、ふたりの距離だけが、そっと縮まっていった。

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