現場のリアル
仲間と絆
ふと笑える日常
2025.11.22
福祉用具  ケアマネジャー 

第二話 車いすと靴下とちょっとの勇気

 

人物紹介
  • 安達里美
    杉並区高円寺の福祉事業所「ケアプランセンター愛」に勤める若手ケアマネジャー。
    経験は浅いが、利用者や家族に真摯に向き合い、日々奮闘している。悩みや葛藤を抱えながらも、誰かの「ありがとう」に救われる繊細で誠実な女性。
  • 藤森友和
    利用者の暮らしに寄り添う、福祉用具専門相談員。現場経験が豊富で、誠実な対応と丁寧な説明に定評がある。
    穏やかな物腰の中に、まっすぐな情熱を秘めた人。安達にとって、仕事の支えであり、心の支えにもなっていく存在。

第二話

車いすと靴下とちょっとの勇気

1月のある水曜日。杉並区にしては珍しく晴れた朝だったが、安達里美のマンションでは事件が起きていた。
「ちょっと待って!? 靴下が片方ないんだけど!!」
安達は寝坊したうえに、急ぎすぎて洗濯物をバルコニーにばらまいたのである。しかも干していた靴下が風に乗って、隣のバルコニーへヒラリ。
「……お隣さん、たしか引っ越してきたばかりで……あ、見られた」
窓の向こうで、パジャマ姿の外国人男性が**「Oh... Socks?」**とつぶやいた。
(国際靴下外交、開始五秒で失敗……)
そんな心のツッコミもむなしく、安達は出勤時間に追われ、電動アシスト自転車で猛ダッシュ。
「電動って……こんなにスピード出たっけ!?」
そんなとき、ご利用者の家族から「今日、車いすちゃんと届きますか?」という電話。慌てて応答したため注意が散漫になり、八百屋の段ボールに乗り上げ、軽く宙に浮いた。
「確認してお電話しますねー!」
空中で一回転しながら叫ぶ姿は、もはや特撮ヒロイン。高円寺方面へ、スマホと共に疾走した。
そこへ、タイミングよく藤森友和からの電話。
「安達さん、車いすの納品、あと10分くらいで着きます! ご利用者様のおうち、例の坂の上ですよね?」
「早っ、私も向かってます!」
現場は、想像以上にカオスだった。
安達が到着すると、藤森が、外に飛び出した要介護者 武田さんの愛犬、チワワ(ただし極太)を追いかけていた。車いすどころの騒ぎではない。
しかも、彼のリュックのチャックが開いていて、「うおっ!? 六角レンチ飛んだ!」と叫んだ。
犬を捕獲 → 車いすを下ろす → 六角レンチ回収 → 安達に会釈
まさに動物園とDIYが同時開催されたような混乱の中、ようやく室内へ搬入完了。

ご利用者の武田さんは腰椎の圧迫骨折で、いわゆる円背の状態。
藤森は手際よく車いすの背張りシートを緩め、武田さんの背骨が自然なS字ラインになるよう調整を行う。

「武田さん、どうですか? 背中の当たり具合は?」
「丁度いいね」と、武田さんが嬉しそうに答える。
「フットサポート(足乗せ台)が少し高いので、下げましょう」
それを見ていた里美が尋ねた。
「なぜ高いとダメなんですか?」
「足乗せ台が高いと、座ったときに膝が座面より上がってしまい、太ももが浮きます。すると臀部に圧が集中して、疼痛や褥瘡のリスクが上がるんです」
ここぞとばかりに藤森は解説し、安達は「なるほど〜」とうなずいた。
「どうですか武田さん。座り心地もバッチグーでしょ?」
「すごい良いのぉ!」と武田さん。
「今どき“バッチグー”はないでしょ?」と、安達が微笑んだ。

納品も無事完了し、武田さんやご家族から「ありがとう」の言葉をもらって一段落。
里美も安心して言った。
「じゃあ帰りますね~……あっ!」
「何!?」と藤森。
「左右の靴下が違う……」
すると藤森が即座に反応。
「あ、それ!緑とボーダー! センスいいですね! 俺も今日、左だけ穴空いてるやつなんです!」
なぜ誇らしげ!?
帰り道、LINEが届く。
『今度、靴下そろえる会でもしません?』
『じゃあ、まず阿佐ヶ谷の喫茶店で“靴下確認ミーティング”を…』
『あ、もちろん私服で!できれば靴下、ちゃんと揃えてくださいね!笑』
安達はしばらくスマホを見つめた。
(なんでこの人、テンポだけ異常にいいのよ……)
とはいえ——
「……ちょっとだけ、楽しそうかも」
ケアマネージャー安達里美。今日も転びそうになりながら、少しずつ恋に向かって歩き始める。
今度こそ、左右同じ靴下で。

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