仕事と恋の間で
2025.11.20
福祉用具専門相談員
第四話 急接近とライバル出現

人物紹介
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安達里美杉並区高円寺の福祉事業所「ケアプランセンター愛」に勤める若手ケアマネジャー。
経験は浅いが、利用者や家族に真摯に向き合い、日々奮闘している。悩みや葛藤を抱えながらも、誰かの「ありがとう」に救われる繊細で誠実な女性。 -
藤森友和利用者の暮らしに寄り添う、福祉用具専門相談員。現場経験が豊富で、誠実な対応と丁寧な説明に定評がある。
穏やかな物腰の中に、まっすぐな情熱を秘めた人。安達にとって、仕事の支えであり、心の支えにもなっていく存在。 -
幸田勝福祉用具相談員。口が達者で、物事をテンポよく進めるタイプ。自信に満ちた振る舞いの中に、計算された気配りも見える。人との距離感を詰めるのが早く、場を動かす力を持つ人物。
第四話
急接近とライバル出現

午後三時。高円寺の空は、初夏の陽射しが少しだけ緩み、やわらかな光に包まれていた。
蝉の声が、季節を先取りするように一度だけ鳴き、すぐに静寂へと溶けていく。商店街の裏手、狭い路地を走る一台のシルバーの軽ワゴン。運転席には福祉用具専門相談員、藤森友和。助手席にはケアマネージャー安達里美。後部座席には、実習生の中森あゆみ。
車内にはエアコンの風が静かに流れ、3人の沈黙をそっと包んでいた。
藤森は、前を向いたままハンドルを握る手にわずかな力を込めた。
視界に入る信号機や木漏れ日が、いつもより鮮やかに見えるのは、彼の心が落ち着いていない証だった。
――ほんの数日前のこと。
蝉の声が、季節を先取りするように一度だけ鳴き、すぐに静寂へと溶けていく。商店街の裏手、狭い路地を走る一台のシルバーの軽ワゴン。運転席には福祉用具専門相談員、藤森友和。助手席にはケアマネージャー安達里美。後部座席には、実習生の中森あゆみ。
車内にはエアコンの風が静かに流れ、3人の沈黙をそっと包んでいた。
藤森は、前を向いたままハンドルを握る手にわずかな力を込めた。
視界に入る信号機や木漏れ日が、いつもより鮮やかに見えるのは、彼の心が落ち着いていない証だった。
――ほんの数日前のこと。

藤森は「ケアプランセンター愛」を訪れた際、受付のガラス越しに見た。
安達と、ライバル会社の福祉用具相談員・幸田勝が、並んで談笑している姿。その時の安達は、普段よりも柔らかい表情をしていた。
少し恥ずかしそうに、それでいてどこか嬉しそうな、春先の陽だまりのような表情。
その一瞬が、なぜか胸に焼きついて離れなかった。
(……何なんだよ、あの笑顔)
目の前にいる安達が、そのときと同じ表情をしていないことに、ほっとしながらも、心の奥がざらつく。
自分の隣にいる彼女を嬉しく思う一方で、「誰かの隣にいる彼女」は想像したくなかった。
「藤森さん、本当にありがとうございます……ご迷惑じゃないですか?」
安達の声は控えめだったが、どこか申し訳なさを含んでいた。
「お任せください。むしろ僕にできることがあって、嬉しいですよ」
抑え気味なトーンのその言葉に、安達は小さくうなずいた。
彼女の指先は、緊張を紛らわすように膝の上で揺れていた。袖口からのぞく手首の細さに、藤森の視線がふと引き寄せられた。
安達と、ライバル会社の福祉用具相談員・幸田勝が、並んで談笑している姿。その時の安達は、普段よりも柔らかい表情をしていた。
少し恥ずかしそうに、それでいてどこか嬉しそうな、春先の陽だまりのような表情。
その一瞬が、なぜか胸に焼きついて離れなかった。
(……何なんだよ、あの笑顔)
目の前にいる安達が、そのときと同じ表情をしていないことに、ほっとしながらも、心の奥がざらつく。
自分の隣にいる彼女を嬉しく思う一方で、「誰かの隣にいる彼女」は想像したくなかった。
「藤森さん、本当にありがとうございます……ご迷惑じゃないですか?」
安達の声は控えめだったが、どこか申し訳なさを含んでいた。
「お任せください。むしろ僕にできることがあって、嬉しいですよ」
抑え気味なトーンのその言葉に、安達は小さくうなずいた。
彼女の指先は、緊張を紛らわすように膝の上で揺れていた。袖口からのぞく手首の細さに、藤森の視線がふと引き寄せられた。

触れてしまいそうで、けれど触れてはいけない。そんな距離が、たまらなくもどかしい。
車は住宅街に差し掛かる。
植え込みの紫陽花が色づき始め、フェンスの影がアスファルトに揺れていた。
「私……実は実習生の教育なんて、自信なかったんです。ただでさえ長時間勤務で……もう、身体も心も限界で……」
ぽつりとこぼした安達の声は、どこか張りつめていた。
藤森は思わず視線を向けた。
窓から差し込む斜光が、彼女の睫毛の影を頬に落としていた。
(……こんな顔、見たことない)
いつも毅然としている彼女が、弱さを見せてくれたことに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
後部座席の中森がぽつりと呟いた。
「安達さん、仕事ができて、本当にすごい方です。」
その言葉に、安達が少しだけ頬を染めて笑った。
その表情は、どこか照れて、でも心から救われたようにも見えた。
見えない鎧を一瞬だけ脱いだような、そんな素直な笑顔だった。
――帰り道。
車は住宅街に差し掛かる。
植え込みの紫陽花が色づき始め、フェンスの影がアスファルトに揺れていた。
「私……実は実習生の教育なんて、自信なかったんです。ただでさえ長時間勤務で……もう、身体も心も限界で……」
ぽつりとこぼした安達の声は、どこか張りつめていた。
藤森は思わず視線を向けた。
窓から差し込む斜光が、彼女の睫毛の影を頬に落としていた。
(……こんな顔、見たことない)
いつも毅然としている彼女が、弱さを見せてくれたことに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
後部座席の中森がぽつりと呟いた。
「安達さん、仕事ができて、本当にすごい方です。」
その言葉に、安達が少しだけ頬を染めて笑った。
その表情は、どこか照れて、でも心から救われたようにも見えた。
見えない鎧を一瞬だけ脱いだような、そんな素直な笑顔だった。
――帰り道。

住宅地を抜け、道端の雑草にひらひらと舞うモンシロチョウを横目に車を走らせる。
沈みかけた陽の光が車内を優しく照らしていた。
「今日は、本当にありがとうございました。他の事業所の車に乗るなんて……私、初めてなんです」降車の際、安達がそう言って振り返った。その笑顔は、あの日、幸田と話していたときのものとは明らかに違っていた。
もっと素直で、もっとあたたかくて、もっと……藤森だけに向けられたような笑顔だった。
「普段だったら絶対に乗らないんですけど……甘えさせていただきました」
彼女は軽く頭を下げて、小走りで事務所へ戻っていく。
その後ろ姿を、藤森はただ、まっすぐに目で追っていた。
(今日だけは、確かに――俺の隣にいた)
その思いが、藤森の心を救っていた。だが――
沈みかけた陽の光が車内を優しく照らしていた。
「今日は、本当にありがとうございました。他の事業所の車に乗るなんて……私、初めてなんです」降車の際、安達がそう言って振り返った。その笑顔は、あの日、幸田と話していたときのものとは明らかに違っていた。
もっと素直で、もっとあたたかくて、もっと……藤森だけに向けられたような笑顔だった。
「普段だったら絶対に乗らないんですけど……甘えさせていただきました」
彼女は軽く頭を下げて、小走りで事務所へ戻っていく。
その後ろ姿を、藤森はただ、まっすぐに目で追っていた。
(今日だけは、確かに――俺の隣にいた)
その思いが、藤森の心を救っていた。だが――

夜。高円寺駅南口、コンビニ前。
ふと見上げたネオンの下に、二つの影が並んでいた。
幸田勝と安達里美。
ふたりの間には、不思議なほど自然な距離感があった。並んで歩きながら、楽しげに笑い合う。幸田が何かを話し、安達が顔を隠すように笑ったその瞬間――
(……また、あの笑顔)
光と影が交差する商店街の向こうで、ふたりの姿は人波に紛れて消えていった。
藤森はゆっくりと息を吐いた。
ポケットから車のキーを取り出す。
その先端が、手のひらの中でほんのわずかに震えていた。
ふと見上げたネオンの下に、二つの影が並んでいた。
幸田勝と安達里美。
ふたりの間には、不思議なほど自然な距離感があった。並んで歩きながら、楽しげに笑い合う。幸田が何かを話し、安達が顔を隠すように笑ったその瞬間――
(……また、あの笑顔)
光と影が交差する商店街の向こうで、ふたりの姿は人波に紛れて消えていった。
藤森はゆっくりと息を吐いた。
ポケットから車のキーを取り出す。
その先端が、手のひらの中でほんのわずかに震えていた。








