仕事と恋の間で
2025.11.15
福祉用具
ケアマネジャー
福祉用具専門相談員
居宅介護支援
デイサービス
訪問入浴
住宅型有料ホーム
総合福祉事業所
第九話 鉢合わせ

人物紹介
-
安達里美杉並区高円寺の福祉事業所「ケアプランセンター愛」に勤める若手ケアマネジャー。
経験は浅いが、利用者や家族に真摯に向き合い、日々奮闘している。悩みや葛藤を抱えながらも、誰かの「ありがとう」に救われる繊細で誠実な女性。 -
藤森友和利用者の暮らしに寄り添う、福祉用具専門相談員。現場経験が豊富で、誠実な対応と丁寧な説明に定評がある。
穏やかな物腰の中に、まっすぐな情熱を秘めた人。安達にとって、仕事の支えであり、心の支えにもなっていく存在。 -
幸田勝福祉用具相談員。口が達者で、物事をテンポよく進めるタイプ。自信に満ちた振る舞いの中に、計算された気配りも見える。人との距離感を詰めるのが早く、場を動かす力を持つ人物。
第九話
鉢合わせ

7月の終わり。阿佐ヶ谷の古びた1LDKマンション。
仕事から戻った安達里美は、いつものように靴を脱ぎ、ポストから溜まったチラシを無造作にキッチンカウンターに置いた。
外はまだ明るいが、室内はすでに蒸し暑さが広がっている。
エアコンのスイッチを入れると、カタカタという音とともに冷気が吹き出した。
それでも、今日一日の疲れが身体から離れてくれない。
「確認してお電話しますね」
今日は、何度このフレーズを口にしただろう。もはや、息をするように繰り返している。
仕事から戻った安達里美は、いつものように靴を脱ぎ、ポストから溜まったチラシを無造作にキッチンカウンターに置いた。
外はまだ明るいが、室内はすでに蒸し暑さが広がっている。
エアコンのスイッチを入れると、カタカタという音とともに冷気が吹き出した。
それでも、今日一日の疲れが身体から離れてくれない。
「確認してお電話しますね」
今日は、何度このフレーズを口にしただろう。もはや、息をするように繰り返している。

安達が勤める「ケアプランセンター愛」は、居宅介護支援からデイサービス、訪問入浴、住宅型有料ホームまで展開する総合福祉事業所。
ケアマネとして1年にも満たない日々の中、彼女はひたすら走り続けていた。
人と人との間に立ち、こぼれる声を拾い、時に潰れそうになりながらも、懸命に向き合っている。
そんなある日、福祉用具相談員・幸田勝から一通のメールが届いた。
「秋山様、スケジュール調整できましたので、今週金曜14時でモニタリング伺えます。その後15時からの佐藤様の担当者会議も出席できます。」
その文面を見て、改めてスケジュールを確認してみると
――不思議なほどに、奇跡のように全事業者が「その日・その時間」で“いける”との返答だった。
(こんなこと……あるんだ)
ケアマネとして1年にも満たない日々の中、彼女はひたすら走り続けていた。
人と人との間に立ち、こぼれる声を拾い、時に潰れそうになりながらも、懸命に向き合っている。
そんなある日、福祉用具相談員・幸田勝から一通のメールが届いた。
「秋山様、スケジュール調整できましたので、今週金曜14時でモニタリング伺えます。その後15時からの佐藤様の担当者会議も出席できます。」
その文面を見て、改めてスケジュールを確認してみると
――不思議なほどに、奇跡のように全事業者が「その日・その時間」で“いける”との返答だった。
(こんなこと……あるんだ)

そうして、担当者会議が予定通り、開催されることになった。
阿佐ヶ谷の静かな住宅街。
利用者宅には、定刻通りに関係者が集まった。
福祉用具相談員の幸田、デイサービスの職員、訪問介護スタッフ、そして家族。
もちろん、ケアマネジャーの安達も。
会議はスムーズに進み、予定より早めに終了。
ほっと息をついた里美が、幸田に笑顔で声をかけた。
「いつもならお仕事で忙しいご家族様と事業者の皆さんの候補日程を照らし合わせて調整するのに結構時間が掛かるんですけど、幸田さんの調整のおかげで第一希望ですんなり決まって手間が省けちゃいました。ありがとうございました」
「それは何よりでした。多少無理をしてでも調整した甲斐がありました。佐藤様の状態も随分安定されましたし。万事上手くいったということで、お祝いに、食事に付き合ってください」
阿佐ヶ谷の静かな住宅街。
利用者宅には、定刻通りに関係者が集まった。
福祉用具相談員の幸田、デイサービスの職員、訪問介護スタッフ、そして家族。
もちろん、ケアマネジャーの安達も。
会議はスムーズに進み、予定より早めに終了。
ほっと息をついた里美が、幸田に笑顔で声をかけた。
「いつもならお仕事で忙しいご家族様と事業者の皆さんの候補日程を照らし合わせて調整するのに結構時間が掛かるんですけど、幸田さんの調整のおかげで第一希望ですんなり決まって手間が省けちゃいました。ありがとうございました」
「それは何よりでした。多少無理をしてでも調整した甲斐がありました。佐藤様の状態も随分安定されましたし。万事上手くいったということで、お祝いに、食事に付き合ってください」

「…職務上、接待は困ります」
「職務で誘っているのではありません」
「それも困ります……」
「では、先ほどのお礼は口先だけということですか?」
安達は言葉に詰まりかけた。
普段なら「一度持ち帰って上司に相談を……」と逃げるところだが、
今回は、あまりに私的なやり取りだった。
「……一時間くらいなら」
「職務で誘っているのではありません」
「それも困ります……」
「では、先ほどのお礼は口先だけということですか?」
安達は言葉に詰まりかけた。
普段なら「一度持ち帰って上司に相談を……」と逃げるところだが、
今回は、あまりに私的なやり取りだった。
「……一時間くらいなら」

高円寺駅近くのイタリアンバルへ。
ピザとワインで人気のカジュアルな店。
テーブル越しに笑顔で語る幸田の話術は、さすが元バーテンダー。
だが――
どんなに明るい話題が目の前に並んでも、安達の心は、どこかずっと硬かった。
笑ってはいる。けれど、心までは笑っていない。
職務とプライベート、その境界が曖昧になるたびに、背筋がわずかに強張る。
そんな時だった。
ピザとワインで人気のカジュアルな店。
テーブル越しに笑顔で語る幸田の話術は、さすが元バーテンダー。
だが――
どんなに明るい話題が目の前に並んでも、安達の心は、どこかずっと硬かった。
笑ってはいる。けれど、心までは笑っていない。
職務とプライベート、その境界が曖昧になるたびに、背筋がわずかに強張る。
そんな時だった。

「……あれ、安達さん?」
ふと後方から聞こえてきた、馴染んだ声。
振り返ると、そこにいたのは――
福祉用具相談員・藤森友和。
同僚とともに、ビールを片手に立っていた。
目が合った瞬間、藤森の視線が鋭くなる。
その目は、笑っていなかった。
ふと後方から聞こえてきた、馴染んだ声。
振り返ると、そこにいたのは――
福祉用具相談員・藤森友和。
同僚とともに、ビールを片手に立っていた。
目が合った瞬間、藤森の視線が鋭くなる。
その目は、笑っていなかった。

「奇遇ですね」
そう言いながら、藤森はためらいなく二人のテーブルに歩み寄った。
「どうも、幸田さん。安達さんに“接待”ですか?」
「いえ、あくまで“お礼”です」
「へぇ、それはそれは……。でも、安達さん、こう見えて仕事熱心ですから。誤解されないようにしてくださいね」
その言葉の端々に、やわらかいようで棘のある本音がにじんでいた。
安達はただただ困惑するばかり。
目の前のグラスの氷を、無意識に指で回し続けた。
やがて藤森が言った。
「……明日も朝早いんですよね?」
促すような言葉に、安達は小さくうなずいた。
藤森はさっとタクシーを呼び、彼女をその場から連れ出す。
安達を見送り、再びバルに戻った藤森は、幸田の前に座り直すと、静かに言った。
そう言いながら、藤森はためらいなく二人のテーブルに歩み寄った。
「どうも、幸田さん。安達さんに“接待”ですか?」
「いえ、あくまで“お礼”です」
「へぇ、それはそれは……。でも、安達さん、こう見えて仕事熱心ですから。誤解されないようにしてくださいね」
その言葉の端々に、やわらかいようで棘のある本音がにじんでいた。
安達はただただ困惑するばかり。
目の前のグラスの氷を、無意識に指で回し続けた。
やがて藤森が言った。
「……明日も朝早いんですよね?」
促すような言葉に、安達は小さくうなずいた。
藤森はさっとタクシーを呼び、彼女をその場から連れ出す。
安達を見送り、再びバルに戻った藤森は、幸田の前に座り直すと、静かに言った。

「……安達さんを、貴方には渡しません」
幸田は驚いたように目を見開き、すぐに薄く笑った。
「なるほど。そう来ましたか。面白くなってきましたね」
二人のグラスが、静かに音を立てて重なった。
街の喧騒の奥で、小さな火花が確かに灯った。
それは、誰にも気づかれない恋と誇りの“衝突”だった。
幸田は驚いたように目を見開き、すぐに薄く笑った。
「なるほど。そう来ましたか。面白くなってきましたね」
二人のグラスが、静かに音を立てて重なった。
街の喧騒の奥で、小さな火花が確かに灯った。
それは、誰にも気づかれない恋と誇りの“衝突”だった。












